そのPDFには、税理士名が記載されていて、ネットで検索すると、神戸のあたりの現役税理士がヒットしますが、本人が書いたかどうかは、よくわかりません。
そうこうするうちに、近所の本屋で、『「無税」入門』なる本が平積みされて販売されているのを発見してしまいました。
結論から述べると、その主張は、事業所得の内容に関する判例通説を完全に無視している、荒唐無稽なトンデモ本です。
両者の内容は、要するにサラリーマンが、大赤字の副業をもち、それを雑所得ではなく、事業所得として申告して、給与所得と損益通算して、所得税、住民税を減らそうというものです。
(雑所得では、赤字でも損益通算できないため、事業所得とするのが肝です。)
「サラリーマン税金0円プロジェクト!」では、「副業をして、税金の申告を自分で行えば、税金を0円に出来る」と述べ、
『「無税」入門』では、@起業する、A事業内容を税務署に届ける、B確定申告をする、C還付金の振込、という「無税装置」が簡単につくれる
と述べています。
両者に共通しているのは、次の主張です。
@ 事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く)をいう(所得税法27条1項)
同施行令第63条
法第27条第1項(事業所得)に規定する政令で定める事業は、次に掲げる事業(不動産の貸付業又は船舶若しくは航空機の貸付業に該当するものを除く。)とする。
1.農業
2.林業及び狩猟業
3.漁業及び水産養殖業
4.鉱業(土石採取業を含む。)
5.建設業
6.製造業
7.卸売業及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。)
8.金融業及び保険業
9.不動産業
10.運輸通信業(倉庫業を含む。)
11.医療保健業、著述業その他のサービス業
12.前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業
A「サラリーマン税金0円プロジェクト!」では、通常の副業は「商工業者」として扱われ、商工業者の所得(あなたが副業にする仕事の儲け)は、「事業所得」分類されますと主張します。
『「無税」入門』は、副業の所得が事業所得に該当すると思えば、そのように処理すればいい(52頁)、スタート時点から真剣に副業に取り組んでいる基本認識があるなら、そこから生じる所得は、当然「事業所得」に分類される(54頁)、と主張します。
B その上で、家賃、水光熱費、通信費等の一部のほか「仕事に使う、自動車や交通機関に支払った交通費、宿泊費、飲み会などの接待費、仕事の為に書籍やPCソフトなども購入した費用も経費として処理できる」
ので、
こういう経費を事業費用として計上すれば、(事業所得の大赤字で、給与所得の黒字分を打ち消せば)「サラリーマンの方が毎年税金を0にして豊かな生活を送ること」が実現できたり(「サラリーマン税金0円プロジェクト!」より)、
37年間、税金を一度もはらってない(無税」入門14頁)こともできる
と主張しています。
C「サラリーマン税金0円プロジェクト!」の方は、さらにそのPDFを他人に1000円で紹介してアフェリエイトによる報酬を得て、それを売上にする方法まで、ご丁寧に解説しています。
(しかも著者とされる税理士事務所と、毎月5千円、年間6万円で顧問契約の締結まで勧めている。本当に税理士なら商売熱心ですね)
以上が、「サラリーマン税金0円プロジェクト!」と『「無税」入門』の概要です。
一見もっともな主張のようにも見えます。しかし、損益通算のできる「事業所得」なのか、損益通算のできない「雑所得」なのかの区別は、単なる納税者の主観的な主張でいいのか?にあります。
所得税法27条1項や同施行令63条だけみれば曖昧にみえるかもしれまんが、現実にその区別が争われた事例(判例)があるわけです。
例えば、給与所得と事業所得の区分が争われた判例では、最高裁は
「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認めらる業務から生ずる所得をいう」(最判昭和56.4.24)とし、
あるいは、ある行為が事業所得のいう事業にあたるかどうかで、裁判所は、
「当該経済的行為の営利性、有償性の有無、継続性、反復性の有無のほか、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、当該経済的行為に費やした精神的、肉体的労力の程度、人的、物的設備の有無、当該経済的行為をなす資金調達の方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況及び当該経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するか否か等の諸要素を総合的に勘案して社会通念に照らしてこれを判断すべきもの」(名古屋地判昭和60.4.26)
とされ、
結局、裁判例では、
事業所得か雑所得かの区別は、営利の目的を持ち反復継続して取引を行う意思と社会的地位とが客観的に現われているか、また安定してその収益で生活を支えられるか、というような点が、事業所得といえるために重要である
と考えられているとされます(租税法演習ノート第2版 弘文堂15頁)。
さて、売上高1,000円で、経費何百万の大赤字の商売が、上記の判例が示すような事業所得に該当するでしょうか?
結局、常識的に副業と思えるのは副業(雑所得)であって、事業(事業所得)ではないから、損益通算できず、節税にはならないというのが結論です。
書いた著者は、きっと一稼ぎして高笑いでしょうが・・・。